1 パワハラ防止法
令和元年(2019年)5月29日、「女性の職業生活における活躍の促進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立し、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(労働施策総合推進法)(以下「パワハラ防止法」といいます。)が改正され、パワハラ防止のための雇用管理上の措置を講じる義務が規定されました。
2 パワハラ防止法の施行日
・大企業 令和2年(2020年)6月1日
・中小企業 令和4年(2022年)4月1日
※ 中小企業において施行日前であるからパワハラが許容されるわけではありませんのでご注意ください。
※ 大企業と中小企業の区別
※いずかれを満たすと中小企業とされます。
業種 | 資本金又は出資金 | 常時使用する従業員 |
---|---|---|
小売業 | 5000万円以下 | 50人以下 |
サービス業等 | 5000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他 (製造業、建設業など) |
3億円以下 | 300人以下 |
3 パワハラの定義
そもそもパワハラ(以下「パワハラ」といいます。)とはなんでしょうか?どういった行為がそれに該当するのでしょうか?
・上司が部下に対し、ミスをしたことを理由に殴る・蹴るなどの暴行を行う。
・上司が部下に対し、仕事上のミスについて、必要以上に罵り、その人格を否定する発言をする
これらはパワハラに該当する代表的な行為です。
では、次の行為はどうでしょうか。
・上司が部下に対し、仕事上のミスを叱責する。その場には他の従業員もいた。
・上司が部下に対し、育成のため、より高いレベルの業務を任せる。
これについては、「ある意味仕事の上では当たり前のことでパワハラではない」という意見や、「いやそこまでやってしまうとパワハラになるかも?」などといった感想がでてくるのではないでしょうか。
パワハラ防止法では、「パワハラ」の立法的な定義がなされました。その点でも社会的な注目を集めました。
同法では、パワハラを次のように定義しています(2020年1月厚生労働省が「職場のパワハラ防止のための指針」(ガイドライン)も公表しています。)。
パワハラとは、①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものとされます。
①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動
事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものをいうとされます。
例えば、
・職務上の地位が上位の者による言動
・同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるものがこれらに該当するとされます。
※注目すべき点は、必ずしもパワハラが上司→部下に対する関係ではなく、部下→上司との関係でも成立し得るということです。
②業務上必要性・相当性を超えたもの
・業務上明らかに必要性のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
この判断に当たっては、様々な要素(言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等)を総合的に考慮すべきとされます。
また、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となるとされています。
つまり、一概に、パワハラに該当する行為とそうではない行為を区別することが困難であることを前提として、各問題となる行為については、上記の諸要素を考慮しながら判断していくことになります。
③労働者の就業環境が害されるもの
当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいうとされます。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、つまり同様の状況で当該言動を受けた場合、社会一般の労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とするとされます。
難しく感じますが、要するに、当該言動にあった方と同じ状況になった場合、他の人も同じように感じるだろうといえるかどうかということになります。
4 具体的に、どういった行為がパワハラとされるのか?
令和2年(2020年)1月15日、厚生労働省から、パワハラ防止のための指針「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示5号)が公表されました。
この指針によりパワハラに該当する代表的な言動が示されました。
6類型
※あくまで代表的な言動を示すものであって、これに該当しなければパワハラにならないということではありませんので、注意が必要です。
①身体的な攻撃(暴行・傷害)
例) 上司が部下を殴る、蹴る
②精神的な攻撃(脅迫、名誉棄損、侮辱など)
例) 人格を否定するような言動
③隔離、仲間はずし、無視(人間関係からの切り離し)
例) 仕事をはずし研修などと称し別室で待機させる
④過大な要求(業務上明らかに不要や推敲不可能なことの強制など)
例) 新入社員などに教育も行わないまま到底無理な仕事を強制するなど
⑤過小な要求(合理性なく、能力や経験にかけ離れた仕事を命じるなど)
例) 仕事を与えない、管理職クラスの労働者に対し誰でもできる仕事を与える
⑥個の侵害(プライベートなことへの立ち入りなど)
例) 職場外で従業員の監視 性的志向や性自認や病歴など労働者の個人情報を他の従業員に暴露するなど
以下のような言動は、パワハラに該当する典型例になるといえます。
ミスをした社員に対し、注意を行うだけでなく、不必要に全ての従業員の前で、「お前は人としてもなってない。」「だからいつもダメなんだ」などと必要以上に叱責を行うこと
5 事業主がパワハラ防止のために行わなければいけないこと
パワハラ防止法には事業主の責務も規定されています。
事業主は、
・職場におけるパワハラを行ってはならないこと、
・その他職場におけるパワハラに起因する問題(以下「パワハラ問題」といいます。)に対するその雇用する労働者の関心と理解を深める
・当該労働者が他の労働者等に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をする
・そのほか広報活動、啓発活動その他の措置に協力するよう努めなければならないとされます。
※職場におけるパワハラに起因する問題としては、例えば、労働者の意欲の低下などによる職場環境の悪化や職場全体の生産性の低下、労働者の健康状態の悪化、休職や退職などにつながり得ることなどのことをいいます。
また、事業主(法人である場合は、役員)は、自らも、パワハラ問題に対する関心と理解を深め、労働者等に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならないとされます。
6 雇用管理上の措置義務
事業主は職場におけるパワハラ防止のために雇用管理上以下の措置を講じなければならないとされています。
1 会社としての方針の明確化と周知・啓発
2 相談対応の体制構築
3 パワハラが発生した場合の適切かつ迅速な対応措置
4 被害者などのプライバシー配慮措置
5 不利益取扱い防止措置
以下解説します。なお、詳細は、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」をご確認ください。
1
ア 職場におけるパワハラの内容及び職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
例)
① 就業規則、服務規律等において、職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針を規定し、それに併せて、職場におけるパワハラの内容、発生の原因や背景を労働者に周知・啓発すること
② 上記方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること
イ 職場におけるパワハラに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
例)
① 就業規則、服務規律等において、職場におけるパワハラに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発すること
② 職場におけるパワハラに係る言動を行った者は、懲戒規定の適用対象となる旨を明確化し、これを労働者に周知・啓発すること
2
ア 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
例)
① 相談に対応する担当者をあらかじめ定めること
② 相談に対応するための制度を設けること
③ 外部の機関に相談への対応を委託すること
イ 相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること
(相談窓口においては、被害を受けた労働者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあることも踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、職場におけるパワハラが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワハラに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること)
例)
① 担当者が相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みを作る
② 担当者が相談を受けた場合、マニュアルに基づき対応すること
③ 相談窓口の担当者に対し、相談を受けた場合の対応についての研修を行うことなど
3
ア 事実関係を迅速かつ正確に確認すること
例)
① 相談窓口の担当者等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること
② その際、 相談者の心身の状況などその認識にも適切に配慮すること
③ 相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合には、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること
イ アにより、職場におけるパワハラが生じた事実が確認できた場合、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
例)
事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配転、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、 被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること
ウ 行為者に対する措置を適正に行うこと
例)
① 懲戒規定等に基づき行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること
② 事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること
エ 改めて職場におけるパワハラに関する方針を周知・ 啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること
なお、職場におけるパワハラの事実が確認できなかった場合でも、同様の措置を講ずること
例)
① 職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針及び職場におけるパワハラに係る言動を行った者について厳正に対処する旨の方針を、社内報等に、改めて 掲載・配布等すること
②職場におけるパワハラに関する意識を啓発するための研修、講習等を改めて実施すること
4
ア パワハラに係る相談者・行為者等の情報は、プライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該パワハラに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に対して周知すること
なお、相談者・行為者等のプライバシーには、 性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれる。
例)
① プライバシー保護のため必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、当該マニュアルに基づき対応すること
② プライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと
イ パワハラに関し相談をしたこと若しくは事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること
例)
① 就業規則等において、パワハラの相談等を理由として解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・ 啓発をすること
② 社内報等に、パワハラの相談等を理由として、解雇等の不利益な取扱いをされない旨を記載し、労働者に配布等すること
7 パワハラとなった場合の企業の責任
・刑事上の責任(罰則)
現在(2020年6月1日現在)のところパワハラ防止法に罰則はありません。
ただし、パワハラ行為をした行為者については、刑法により暴行罪や脅迫罪などの犯罪が成立することがあります。
・民事上の責任(損害賠償責任)
パワハラにより精神的身体的苦痛を被った被害者に対し損害賠償責任が生じ得ます。これにより相当額の賠償金を支払うリスクがあります。
職場でのパワハラについては、事実関係によっては、労災が認定されることもあり、その場合、使用者の安全配慮義務違反が肯定され、損害賠償責任も生じ得ます。
・行政上の責任
行政が必要と認めた場合、助言や指導、勧告が行われるリスクがあります。さらに勧告に従わない場合、その旨を企業名の公表することもできますので、十分に注意が必要です。
・社会的責任
報道等によりパワハラを放置していた会社として企業としてのイメージ、社会の構成員としての信用が失墜するリスクがあります。現代はSNSの発達により情報の拡散スピードが格段に上がっているため、致命的なダメージを与えかねません。
8 パワハラが発生した場合の対処
これまで述べたとおり、会社において、パワハラが発生した場合、初動調査が重要になります。
おおむね以下の流れで調査をすることになります。
1 事実関係調査
パワハラの事実の有無、経緯、周辺事情などの事実の迅速な調査を行います。評価ではなく、あくまで客観的に事実を確定させることが主眼です。
2 当事者からのヒアリング ※秘密保持、プライバシーに配慮、不利益取扱禁止が重要です。
・被害者とされる者
・行為者とされる者
・関係者
※もちろん調査によりパワハラの事実が確認できない場合もありえます。その倍、慎重な対応が必要になります。被害者とされるものに対しては調査結果の丁寧な説明、誤解等の間違いがあればその原因・理由の追及調査、誤解が生じたことについての改善などの対応が必要です。
3 事実認定
・パワハラ該当事実が確認できる場合、行為者への処分の検討
就業規則に照らし、厳重注意、懲戒処分などを検討することになります。
パワハラ該当行為の内容、頻度、他の事案との均衡など諸要因を総合的に判断し処分内容を決定することになります。
4 被害者のフォロー 再発防止の徹底
被害者に対する心理的なフォロー、業務上の配慮(休暇やバックアップ、金銭補償など)を行うなどの対応が必要になります。
他の従業員に対しては、会社としてパワハラを許ささないという方針の明確化、従業員の研修、教育を徹底するなどし、再発防止に努めます。
9 当事務所で対応できること
パワハラについては社会的重要度がますます高まっており、これに対する対策を行わないことは、企業の成長戦略の中で大きなリスクを抱えることを意味します。
解説したとおり、会社においてパワハラについての研修を行うべきことも規定されております。
パワハラの問題について、当事務所では以下の対応が可能です。
①予防対策
・貴社従業員(特に管理職向けなど)に対する、パワハラをはじめとする各種ハラスメントに関する研修
当事務所では、多くの企業様よりご依頼いただきパワハラセクハラ研修を担当させていただいた実績もございます。そもそもどういった行為がパワハラに該当するのか、パワハラに該当するとどのようなことが起きるのか、などを従業員に知ってもらうことはパワハラの予防として肝要です。
・仮に、パワハラが発生した場合、加害行為者に対し適切な対応がとれる就業規則となっているか、貴社の就業規則のチェック、改善アドバイス
②事後対応
・パワハラが発生した場合、事実関係調査の方法、ヒアリングの方法に関するリーガルアドバイス等
事実調査は、客観的資料及び当事者の主張内容からパワハラの事実の存否についてロジカルに事実認定する作業が必要なため、当事務所にご依頼いただければ迅速な対応が可能です。
・法令、裁判例に照らし、貴社への法的責任が発生するか否か、今後の見通しについてのアドバイス
どうぞお気軽にお問合せください。