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業績評価が低い社員でも、解雇は簡単ではない――ある投資会社の裁判例から学ぶ

「もう限界」と感じたとき

「何度指導しても、業務のミスが減らない」「毎年の評価も低いのに、なかなか辞めてもらう決心がつかない」——中小企業の経営者や労務ご担当者から、こうしたご相談をいただくことは少なくありません。特に少人数で事業を運営されている企業では、一人の業務の停滞が経営全体に響きやすく、また代わりの人材を確保する余力も限られているため、悩みは切実です。

「これだけ長い間、低い評価が続いているのだから、解雇してもさすがに問題ないだろう」——そう考えるのも、無理のないことだと思います。しかし、実際に解雇に踏み切った場合、裁判所の判断は経営者の実感とは大きく異なることが少なくありません。今回は、業績不振を理由とする解雇が無効と判断された裁判例(東京地裁令和5年10月27日判決)を題材に、その理由と、日頃から備えておきたいポイントをご紹介します。

結論から言うと

この裁判例で解雇されたのは、4年間、社内で下位数パーセントの業績評価を受け続けていた社員でした。それでも、裁判所は解雇を無効と判断しました。評価の低さや、具体的なミスの積み重ねを証拠として示しても、解雇の正当性を裁判所に認めてもらうことは、決して容易ではないのです。

どんな事案だったのか

世界的な投資運用会社の日本法人(以下「Y社」)に、中途採用で入社した社員(以下「X」)は、年俸900万円という比較的高水準の待遇で、投資家向けレポートの作成等を担当していました。いわゆる「ジョブ型・即戦力」として採用されたケースです。

しかし、入社から数年が経つと、Xの担当業務には、提出期限の遅れや、レポートの数値の誤りが目立つようになります。人事評価は5段階のうち標準が「3」とされる制度でしたが、Xは4年連続で「1.5」または「2.0」という、社内でも下位数パーセントに位置する評価を受けていました。

Y社は、複数年にわたる具体的なミスや遅延の事例(たとえば、投資家向けレポートの為替換算を誤り、運用実績の数値を実態より大幅に過大表示してしまったケースなど)、そして一貫して低い人事評価を証拠として提出し、「注意・指導を尽くしたが、改善の見込みがない」として、業績不良を理由にXを解雇しました。会社としては、できる限りの手を尽くしたうえでの、やむを得ない決断だったといえるでしょう。

なぜ、それでも解雇は無効とされたのか

裁判所は、①Xに求められていた業務水準の高さ、②実際にミスや遅延が繰り返されていたこと、という2点については、概ねY社の主張を認めました。それにもかかわらず解雇を無効と判断した決め手は、「本件解雇の時点で、改善の余地がまだ残っていたと言えるかどうか」という点でした。

具体的には、次2つの事情が重視されています。

  • 平成29年と平成30年の業績評価では厳しいコメントしかなかったが、令和元年からは同僚や上司からの前向きなコメントや「改善傾向にある」ことを示す記述が含まれるようになったこと
  • いつ、どのような内容の注意・指導が行われたのかを裏付ける、具体的な記録が乏しかったこと

つまり、「ミスが多い」という事実だけでは足りず、「改善の機会を十分に与えたが、それでも是正されなかった」という経過を、客観的な記録として示せるかどうかが問われたのです。人事評価の数字自体は厳しいものであっても、その中に前向きな評価コメントが混じっていれば、それが後になって「改善の見込みがあった証拠」として扱われてしまうことがある、という点は、意外と見落とされがちなポイントかもしれません。

就業規則の書きぶりが厳しかったから負けたのか?

ちなみに、Y社の就業規則には、業績不良を理由とする解雇の要件として、「会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお、極度に技術力又は能率水準が低いか、又は能力の向上が望めない…場合」という、かなり厳格な条文が置かれていました。実際、裁判所もこの条文の文言に沿って、「本件解雇の時点で、Xがこの要件に該当する状況にあったか」という形で判断を進めています。

そう聞くと、「うちの就業規則はここまで厳しく書いていないから、もっと簡単に解雇できるはずだ」と思われるかもしれません。しかし、この点は慎重に考える必要があります。仮に就業規則の文言が「労働能率が著しく不良で、改善の見込みがなく、職責を果たし得ないとき」といった、より緩やかな書きぶりであったとしても、同じ結論になった可能性は十分にあります。というのも、裁判所は元来、能力不足を理由とする解雇の有効性を、就業規則の具体的な文言にかかわらず厳格に判断する傾向があるためです。本件でも、最終的な決め手となったのは条文の厳格さそのものというより、「改善の余地が本当になくなっていたと言えるか」という実質的な判断でした。就業規則の表現を緩やかにするだけで、解雇のハードルが大きく下がるわけではない、という点は押さえておく必要があるでしょう。

日頃からできる備え

この裁判例からは、日ごろの労務管理のあり方が解雇の有効性に大きくかかわることがわかります。

第一に、指導・注意を行った際は、日付・内容・相手の反応を記録に残すことです。 口頭での指導だけでは、後になって「本当に、いつ、何を指導したのか」を証明することが難しくなります。メールやメモなど、形に残る方法での記録を習慣にすることが有効です。

指導・注意は、教育→指導→注意→警告といった段階を踏んでいくことになるので、遅くとも注意の段階からは「注意書」「警告書」などの書面を交付することが望ましいでしょう。

第二に、人事評価は「事実」と「評価者としての所感」を区別して記録することです。 前向きな一言のつもりで書いたコメントが、後に「本人は改善しつつあった」というメッセージとして読まれてしまうことがあります。評価制度の運用方法そのものを、一度見直してみる価値があるでしょう。

第三に、問題が大きくなる前の段階で、社内対応の方針について専門家に相談しておくことです。 解雇という結論を急ぐ前に、配置転換や指導計画の見直しなど、他の選択肢を整理しておくことで、結果的に会社にとっても望ましい解決につながることが多くあります。

まとめ

「評価が低いから解雇できる」という単純な話ではなく、「改善の機会をどれだけ具体的に、記録として積み重ねてきたか」が、いざという時に会社を守る鍵になります。労務トラブルは、問題がこじれてからの対応よりも、日頃の備えが何よりの対策です。社内の評価制度や指導記録の運用に少しでも不安がある方は、問題が深刻化する前に、お早めに弁護士へご相談ください。