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労災
監修弁護士紹介

1 労災事故が発生したら

⑴ そもそも「労災」とは何か?

みなさん、「労災」と聞いて、どのような状況をイメージされるでしょうか。

一般的には、労災とは、業務上の災害を意味します。
業務が原因となって、傷病等が発生した場合に「労災」となります。
これが「業務災害」と言われるもので、いわゆる「業務起因性」が必要となる類型です。
労災保険による給付には、この「業務災害」に加え、「通勤災害(通勤途中に怪我等が発生した場合)」があり、業務災害と基本的には同様の給付を受けることができます。

⑵ 会社がすべき初動対応は?

①では、労災が発生した場合、会社はどのように対応すべきでしょうか。

 会社として「労災」として認めることができる事案なのか、あるいは、「労災」を認めることができない事案なのか、によって大きく対応が分かれます。

②業務災害を例にとると、業務過多、パワハラやセクハラによりうつ病などの精神疾患を発症したというケースがあります。

 「被災労働者が主張する事実関係」のうち、会社が認めることができる事実を前提に、当該事案が「労災」に該当する可能性の高いケースでは、最終的な判断は労基署に委ねるとした上で、労災の申請には協力することが穏当でしょう。「労働者死傷病報告」の提出を怠ると、罰金に科される可能性があるからです(労働安全衛生法120条5号)。
 これに対して、およそ「被災労働者が主張する事実関係」が認められない場合は、「労災」が認定されると、会社が損害賠償請求されるリスク、被災労働者の解雇等に制限が加わるため、「労災」の申請には積極的に協力しない、という対応を検討すべきになります。

③当事務所が経験した案件で次のようなものがあります。

 うつ病により休職となったとする労働者の代理人弁護士から、労災申請をするため、使用者(会社)の証明を要求するという案件がありました。
しかし、労災申請の前提となった事実関係を調査すると、事実ではないパワハラ等が理由となっていました。そこで、会社として、協力できないと判断し、会社の証明を拒否しました。
 また、併せて、所轄の労基署から、当該労働者からの労災申請にかかる証明を求められましたが、会社が調査した結果を説明の上、労災の証明はできないと判断した旨の意見書を提出し、必要な調査には協力する旨を連絡しました。
 この案件は、労基署から種々書面の提出を求められたため、当事務所が窓口となって、関係者からの陳述書や裏付け資料を提出しました。その結果、「労災認定なし」、という結論になりました。
 労災申請とは別に、当該労働者からは、会社に対し、パワハラ等を理由とする損害賠償請求がなされました。労基署の判断結果も踏まえ、会社は、支払拒否の対応をしたところ、最終的には、解決金(少額)を支払うことで退職する、という結論に落ち着きました。

④その他、通勤災害が問題となるケースでは、通勤経路かどうかの判断が必要なこと、よくあるケースでは、交通事故がありますが、この場合には、第三者行為災害の届け出も必要になることに注意が必要です。

⑤労災が発生した場合には、それに「業務起因性」があるのか、取締役も労災の対象になるのかなど、労基法、労災保険の適用関係だけでなく、民法に基づく損害賠償請求の法的リスクも含め慎重に対応することが必要です。
 また、見落としがちですが、会社で契約している任意保険には、被災労働者から損害賠償請求を受けた場合に、その責任を填補する商品があることもあります。そのため、保険関係の整理も必要になります。実際、当事務所が経験した案件でも、弁護士費用を含め会社の被る損害を填補する保険が付保されていたケースが複数ございました。

⑶ 弁護士へ相談しましょう

 労災対応は、初動を間違えると大変な事態になりかねません。まずは、顧問弁護士に相談するか、労災に詳しい弁護士に相談されることをお勧めいたします

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2 労災認定されるとどうなるか?

労災が認定されると、会社としてどういったことに気を付ける必要があるのでしょうか。ここでは、労災が認定された場合の会社への影響について述べたいと思います。

⑴ 当該労働者との法律関係

 ①労災認定されると、労働者から損害賠償請求される可能性があります。
 ②当該労働者の解雇が一定条件で制限されることになります。

①について
 よく誤解があるところですが、労災保険は、当該被災労働者に対し、その損害のすべてを補償するものではないため、別途損害賠償請求されるリスクがあります。
 例えば、慰謝料や逸失利益といったものは労災保険からは支給されません。

 そこで、そういった損害が発生している場合には、労働者は、会社に対し別途損害賠償請求をすることになるのです。
もっとも、労災が認定された場合すべてのケースで損害賠償請求される(認められる)わけではありません。なぜなら、労災制度とは異なり、この損害賠償については、会社に安全配慮義務違反などが認められる必要があるからです。この点は3で述べます

②について
 労働者が、業務上の負傷又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後の30日間については法律上、解雇が制限されます(労働基準法19条)。
これに違反して解雇を行ったとしても、その解雇は無効とされますので注意が必要です。

 なお、従業員からの自主的な退職や定年退職の場合は、解雇ではありませんので、この制限は受けません。労働者が業務上の傷病により休業療養を開始してから3年経過しても治らない場合、事業者は平均賃金の1200日分の打切補償を行えば、労働基準法上の解雇制限は受けなくなります。被災労働者が傷病補償年金を受給している場合には、この受給をもって上記打切補償の支払いとみなされることになり、同様に解雇制限は受けません。

 ただし、当然に解雇が有効となるわけではなく、あくまで労基法上の解雇制限規定の適用は受けないだけであり、別途労働契約法などで規定される解雇制限法理には従う必要がありますので、その点はご注意ください。

⑵ 労災保険の保険料

 労災保険の保険料は、一部を除き、原則として使用者の全額負担制となっております。賃金総額に一定の労災保険率を乗じて算出されます。
100人以上の労働者を使用する事業や20人以上100人未満の労働者を使用する事業で一定の条件を満たす事業の場合、いわゆるメリット制が採用されています(20人未満の労働者を使用している場合、メリット制の対象にならないので、労災を使用したとしても労災保険料に影響はありません。)。

 これは、災害発生防止のインセンティブとしてその事業の過去3年間の労災保険給付額に応じて次年度の保険料率を40%の範囲で「増」「減」させるものです。したがって、労災保険料が増額となるリスクがあります。

⑶ 取引先との関係悪化

 労災が発生すると、取引先との関係によっては、仕事の発注がストップしたり、取引関係が悪化したりすることがあります。

⑷ 行政処分、指導、勧告のリスク

 労災が発生した場合、労基署は、労働安全衛生法や同規則に従い、こられの法令に違反していたのか否かを調査することができます。会社は、この調査に対応する必要があります。

 また、労基署の調査によって、法令違反が判明した場合、作業の停止や建設物の使用停止などの行政処分がなされる可能性があります。建設業などでは、労災が重大な事故と判断された場合、指名停止などの行政上のペナルティを受けるおそれがあります。

⑸ 刑事罰もある?

① 労働安全衛生法や刑法

 労基署の調査により、法令違反が判明し、悪質な違反となった場合、各罰則が適用されることがあります。

 例)労働者の危険や健康を防止する措置を講じなかった場合

   6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金

 そして、労働安全衛生法の特徴は「両罰規定」といって違反した行為者だけでなく事業者にも罰則が適用される点にあります。つまり会社が罰則を受けるリスクがあるということです。

 さらに、これらとは別に刑法上の罪に問われるリスクもあります。
それが、業務上過失致傷罪などです。労災が、業務上必要な注意を怠りよって人を死傷させた場合は、労働安全衛生法違反の他に、この罪が成立することがあります。

② 労災隠し

 労災が発生した場合、会社としては速やかに労基署に届け出ることが肝要です。労災自体をもみ消そうと隠ぺいしようとすること、虚偽の内容を届け出ることが、いわゆる「労災隠し」とされます。労災隠しによる検察への送致件数は年々増加しております。労災隠しは犯罪行為であり、罰則が適用されます。

 例)安全衛生法

 労働者死傷病報告」を行わなかったり、虚偽報告を行ったりした場合には、50万円以下の罰金

 両罰規定です。労災隠しが発覚すると会社への社会的信用は失われ、会社のイメージが悪化してしまいます。

3 労災と労災民訴の関係について

⑴ 安全配慮義務違反の損害賠償請求

 労災が起こった場合、これまでに述べた労災申請のほかに、会社側が、労働者側から損害賠償を請求されることがあります。
 この点、労災が認定されて労働者側が労災保険から各種の補償や支給金等の給付を受けることができれば、労働者側から会社側がさらに民事上の請求を受けることはない、と考える経営者様もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、労働者側が労災から補償を受けた場合であっても、会社側に安全配慮義務違反や不法行為がある場合、労災による補償を超える損害については、会社側は労働者側に対して損害賠償義務を負うことになります。

 さらに、労働者側としては、労災認定がされている場合には、損害賠償請求についても労働者側の言い分が認容される見込みが高いと考えて行動するケースが多いです。そのため、実際には、労災認定がなされ支給決定がされた場合、それに加えて労働者側が会社側を相手取って損害賠償請求訴訟の提起を行う事案が多数を占めます。

⑵ 近年の裁判所の判断の傾向

 近年、会社側に求められる安全配慮義務は非常に高度化しており、労働者側から会社側に対して求められる損害賠償額も高額化しています。このような実務の動向が、会社側に対して損害賠償請求を行うという流れをいっそう強めています。

 判例法理では、最高裁が、「使用者は、・・・労働者が労働提供するため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である」として、使用者の安全配慮義務を認め、現在では、この判例で言及されているような労働環境の整備という物的な側面のほか、労働者の健康面への配慮も含む相当高度な義務を会社側に課す傾向にあります。

 このように、労働者側が労災保険に基づく給付を受けたとしても、会社側にはなお高額な損害賠償義務が課される可能性があることから、会社側としては、労災対応には発生当初から慎重を期す必要があることはもちろん、会社側として労災と認めるべきか否かの判断や、労働者側との交渉では法令や裁判例に基づく当該事案の分析が不可欠であることから、会社のみで解決するには限界があるケースが多いのが実情です。
 また、労働者側から訴訟提起された場合には、弁護士へ依頼をしなければ、事実上、解決することが困難です。
 従って、労災に関する問題が起きた場合には、速やかに顧問弁護士や労災に詳しい弁護士に相談されることをお勧めいたします。

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4 損害について

⑴ 会社が賠償するリスクのある「損害」とは?

労災が起こって会社側が民事上の損害賠償責任を負う場合、 どのような損害を賠償しなければならないのでしょうか。

① 慰謝料や弁護士用など
 
 会社側が負う可能性のある損害賠償として、以下のようなものがあります。

 ・入院雑費、付添看護費
 ・通院交通費、装具等購入費
 ・弁護士費用等
 ・慰謝料 ※
 (これらは労災保険による保険給付の対象となっておりません)
 ※慰謝料の金額については、個別具体的な事情による増減はあるものの、交通事故の場合の慰謝料額が一つの目安となります。

 例)一家の支柱の死亡の場合、慰謝料額は、2800万円が目安とされています。後遺障害慰謝料や入通院慰謝料についても同様に、交通事故の基準が目安になると思われます。
 なお、労働者が死亡した場合の遺族固有の慰謝料が認められるかどうかは、労働者側がどの法律構成を根拠として請求するかによって異なりますので、注意が必要です。

② 逸失利益
 
 労災が発生しなければ労働者側が得られたであろう逸失利益(労災保険による填補では不足する部分)
 逸失利益は高額であることが通常です。損害賠償のうち大きなウェイトを占めることになります。

③ 休業損害
 
 労働者側が療養している間、給与の支払いがない場合の損害
 
 休業損害は、労災保険による給付がありますが、これによって填補されない部分について、会社側が賠償することになります。注意すべきポイントは、労災保険による休業補償は、休業当初3日分については含まれないため、この部分についても会社側が支払う必要があります。

⑵ 過失相殺 (被災労働者にも落ち度?)

 会社側がこれらの損害賠償義務を負う場合であっても、労働者側に労災事故発生について過失がある場合には、労働者側の過失割合に従って、過失相殺が行われることになります。
 
 この点は、過労死・過労自殺や疾患による死亡等の労災事案において、労働者側の心因的な素因や既往症の存在が労災の発生に寄与したと思われる場合に特に問題となります。
 また、労働者側が、労災保険給付金や厚生年金からの障害厚生年金等、労災事故の発生により得た経済的利益については、損益相殺として、損害賠償額から控除されることがあります。
 
 もっとも、労災保険給付との関係でいえば、例えば、労災保険の年金の将来給付分や特別支給金については、民法上の損害賠償額から控除することを認めないなどの複雑な扱いがある場合がありますので、注意が必要です。
 
 【判例】 損益相殺と過失相殺のいずれも行う場合、まず過失相殺を行って損害額を算出し、その上で、労災保険給付等の支給額を控除するという考え方を採用しています。

⑶ 弁護士への相談の勧め

 以上のように、会社側が労災について損害賠償責任を問われる場合には、労働者側から請求される多岐にわたる損害について、これまでの裁判例と個別具体的な事案の内容を踏まえながらその内容の当否を検討する必要があります。これらの作業には、高度な専門的知識が必要であり、初期対応を誤ると、会社側にとって致命的な事態になりかねません。
 従って、労災に関する問題が起きた場合には、速やかに顧問弁護士や労災に詳しい弁護士に相談されることをお勧めいたします。

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本コラムの監修
弁護士 江原 智
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弁護士・マンション管理士
江原 智 (埼玉弁護士会所属)
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