退職後の競業避止義務は有効?無効?有効と判断されるためには?
1 競業避止義務とは
労働者の競業避止(きょうぎょうひし)義務とは、一般に、労働者が使用者(雇用主)と競合する企業に就職すること又は自ら開業し事業を営むことをしないようにする義務をいいます。
2 在職中の競業避止義務について
在職中の労働者は、労働契約を締結している企業に対し、誠実義務及び忠実義務を負っています(労働契約法第3条第4項)。同業他社に勤務したり同業の独立事業をしたりすることは、使用者に損害を与えるおそれがあるため、誠実義務、忠実義務に反し得る行為です。したがって、少なくとも在職中はこうした競業行為が禁止され得ること、すなわち、在職中の労働者が会社に対して競業避止義務を負うことは、誠実義務、忠実義務の観点から導くことができます。
この点、裁判例では、「一般に、被用者は、使用者の正当な利益を労使間の信頼関係に反するような態様で侵害してはならないという雇用契約上の付随義務ないし信義則上の義務を負い、競業避止義務を負うというべきところ、被用中に競業取引を行って使用者の正当な利益を害した場合は、雇用契約上の付随義務ないし信義則上の義務違反として、民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」とし、労働者が信義則上の義務の一環として競業避止義務を負い、労働者がこれに違反した場合には、使用者に対して損害賠償責任を負うと判示しています(東京地判令和元年5月28日参照)。このように、在職中の競業避止義務については、就業規則等に特段の定めがない場合であっても認められています。
3 退職後の競業避止義務について
⑴ 総論
退職後は、企業と労働者との契約関係が終了するため、原則として、上述のような労働契約に基づく競業避止義務も消滅します。そのため、退職後については、就業規則や労働契約などの特別の合意等がある場合に限り、これらを根拠にして競業避止義務が認められると解されます。もっとも、このような合意等は憲法22条で保障される労働者の職業選択の自由や営業の自由を侵害するものであり、無条件に有効となるものではありません。では、有効性はどのように判断されるのでしょうか。
⑵ 有効性の判断
退職後の競業避止義務についての先駆的な裁判例である、フォセコ・ジャパンリミティッド事件(奈良地判昭和45年10月23日)においては、「競業の制限が合理的範囲を超え、…(労働者)の職業選択の自由等を不当に抱束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、…(使用者)の利益(企業秘密の保護)、…(労働者)の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」と判示されています。近年の裁判例においても上記裁判例を踏襲した判断がなされています(後述の裁判例も参照)。
これらの裁判例は、退職後の競業避止に関する合意等の有効性について、
① 使用者の利益
② 退職者の(被用中の)地位
③ 競業制限の期間、地域、業務内容・対象の制限範囲
④ 代償措置の有無
⑤ その他の事情
を考慮し、その有効性を判断する傾向にあります。
近年の裁判例では、③制限期間が2年、地域は隣接都道府県、制限範囲がマット・モップレンタル顧客収奪と限定されていたもので、④代償措置がなかったとしても合理的な制限であるとして、競業避止特約を有効としたものがあります。
⑶ 退職後の競業避止義務に関する定めがない場合
上述のとおり、退職後の競業避止義務に関する合意等が場合、原則として競業行為は違法となりませんが、自由競争の範囲を逸脱した場合には不法行為が成立する余地があります。裁判例の中には、「原則的には、営業の自由の観点からしても労働(雇用)契約終了後はこれらの義務を負担するものではないというべきではあるが、すくなくとも、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中の者に働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるものと見るべきである。」と判断したものがあります(東京地判平成5年1月28日(チェスコム秘書センター事件)参照)。これは、元社員の行為が極めて悪質であったことから、誓約書等の合意はないにもかかわらず、元社員の競業避止義務違反を認めたものです。なお、この事案は、不法行為ではなく債務不履行を根拠としております。
一方、競業避止義務に関する合意等がない状況で、退職者が元の企業の顧客を奪ったという事案において、「労働者が雇用契約関係終了後に同業営業を開始し、開業の際の宣伝活動として、従前の顧客のみを対象とすることなく、従前の顧客を含めて開業の挨拶をすることは、特段の事情がない限り、自由競争の原理に照らして、許されるというべきである。」とした裁判例もあります(仙台地判平成7年12月22日(バイクハイ事件)参照)。この裁判例は、自由競争の範囲を逸脱していないことを根拠に不法行為の成立を否定しています。
4 近時の裁判例について
賃貸物件の管理業務等を営む使用者(企業)A社が、同業のB社に就職した元従業員に対し、顧客との管理委託契約をB社に切り替えさせたなどとして損害賠償を請求した裁判例(札幌高判令和5年12月26日)では、退職後の競業避止義務を定めた誓約書の有効性について、「使用者が従業員との間でする退職後の競業禁止の合意については、使用者にはその利益を保護するために退職後の競業禁止を求める必要がある場合があるとともに、従業員にとっては就労の機会を失う可能性があることから、使用者の利益の確保の必要性、退職した従業員の従前の地位、競業行為の制限の期間・範囲・態様、代償措置の有無・内容等の諸事情を考慮して、合意の内容につき合理性がない場合又は合理的な制限の範囲を超える場合には、公序良俗に反するものとして、合意全体又はその一部が無効となるものと解される。」とし、かかる有効性の判断要素について、①使用者の利益の確保の必要性、②退職した従業員の従前の地位、③競業行為の制限の期間・範囲・態様、④代償措置の有無・内容等の事情を総合考慮して判断するとの基準を示しました。そのうえで、同判決は具体的な事例への当てはめとして、
①A社は、新規の顧客を開拓し、管理委託契約を継続させるため、営業担当者に各種営業活動を行わせており、そのために相応の費用や労力をかけていたこと
②元従業員は、その営業担当を直接担う立場にあったこと
を指摘し、A社に保護されるべき利益があり、一従業員とはいえ、それによって直ちに競業避止義務を課す必要がないとはいえないとしました。
もっとも、同判決は、
③誓約書の文面では、退職後2年もの間、在職時の担当か否かを問わず、A社の全顧客に対して、地域的な限定もなく、営業活動を行ってはならないと定めていたこと
を指摘し、誓約書記載の制限範囲は、①のA社の保護利益や②の元従業員の従前の地位に照らして広すぎることから合理性を欠き、公序良俗に反して無効であると判断しました。
ただし、A社で管理委託契約に関する営業活動を行っていた元従業員に対して競業禁止を求める観点に照らせば、「同一市内において、退職後6か月の間、競業会社に就職して、在職時に担当していた顧客に対して営業活動を行わない」という範囲に限定すれば、かかる競業禁止について合理性があるとし、その限度であれば特段の代償措置を講じなかったことをもって、競業禁止規定が無効となるものではないとしました。
5 まとめ:企業がとるべき対策
以上のとおり、元従業員による退職後の競業避止義務違反(についての損害賠償))は、在職中の競業避止義務違反に比べて、認められにくい傾向にあります。
もっとも、退職後に競業行為を行っている場合は、通常、在職中から競業に向けた準備や競業行為を行っているケースも少なくありません。経営者様や企業のご担当者様におかれましては、退職後の競業行為だけに着目するのではなく、在職中の行為に問題がなかったかどうかも併せて検討することが重要です。また、近時の裁判例でも「①使用者の利益の確保の必要性、②退職した従業員の従前の地位、③競業行為の制限の期間・範囲・態様、④代償措置の有無・内容等の事情を総合考慮して判断する」という判断枠組みは維持されており、競業避止義務を定めた規定が有効と判断されるためには、この点に着目した社内体制の整備をすることが重要です。
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